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    19 febrero

    涙そうそう―お冥福をお祈りします!

     人生のなかで、誰でも色々な人と出会って、色々の思い出を作りながら生きていくのです。時には、運命の出会いともいえる大切な人とめぐり合うこともあります。私は他人よりラッキーかもしれませんが、生まれてから今まで、ずっといい人にめぐって、愛されてきました。これこそ、恩返しとして、親切にしてくれる方々に感謝しながら、一生懸命頑張っているわけです。

     2004年6月4日、お母さん呼んでいた一人の日本人お婆ちゃんと出会いました。そして、2005年2月19日、すなわち、去年の今日、お婆ちゃんは天国に行ってしまいました。

     お婆ちゃんとの出会いは、私にとって本当に運命の出会いで、今でも神様に感謝しています。しかし、一緒に過ごした時間が短すぎて、会いたくて会いたくてたまらないのに、もう永遠に会えない・・・涙、また止まらずに出てしまいました・・・

     あっという間に一年間が過ぎました。お命日の今日、長崎へお墓参りに行こうと約束したのに、一緒に行く方々の都合で、3月になってしまいました。だから、お母さんへの思いをここでしか表すことができないので、この前書いた日本語弁論大会の原稿を公開します。

     修正してもらった原稿もありますが、たどたどしい日本語を使っていてもやはり自分の気持ちを一番素直に伝えたいから、一番最初に書いた原稿をそのまま添付することにしました。

    運命の出会い――涙そうそう篇

    「古いアルバムめぐり、ありがとうってつぶやいた、いつもいつも胸の中、励ましてくれる人よ~・・・」

     夏川りみさんのこの「涙そうそう」を聞くたびに、胸がいっぱいで、一時涙なしには聞けないほどでした。なぜなら、この歌を聞いたら、すぐある人の笑顔を思い出すからです。

     その人の名前は大野とき子です。 大野さんとの出会いは、2004年6月4日午後三時頃のことでした。JR神戸駅の近くに湊川神社があり、あそこには宝物展があると聞いて、その日、バイトする前にちょっと時間があったため、ぶらぶらして見に行きました。一人で初めてその辺に行ったので、道に迷ってしまいました。どうしようと困っていた時に、ちょうど信号が赤になって、私は勇気を出して、同じく信号を待っていた隣のお婆ちゃんに声をかけました。そのときのお婆ちゃんが大野さんでした。

     下手な日本語を聞いて外国人であることがすぐわかったお婆ちゃんはちょうど用事がなかったため、案内してくれました。お話によりますと、お婆ちゃんはずっと東南アジアの留学生達のお世話をしているみたいで、「もし何か困ることがあったら、遠慮なく言ってね」と、優しく言ってくれました。電話番号とメールアドレスを交換した後、分かれました。上品な女性で、その笑顔が印象的でした。どうして全然顔知らぬ私にそんなに信用してくれて、助けてくれたのでしょうか?まさか湊川神社の神様が助けてくれて、こんな素敵な方と出会わせたのではないでしょうか?と思っていました。

     その日の夜、バイトが終わって寮に着いたところ、携帯のベルが鳴りました。午後出会ったばかりのお婆ちゃんでした。一人暮らしをしている私に、「ちゃんとご飯を食べましたか?」「もうすぐ夏になって段々暑くなりますから、エアコンを持ってないでしょう、また今度扇風機をプレゼントしますよ」と、お婆ちゃんはお母さんのように生活の中で細かいことまでも親切に考えてくれました。

     一週間後、電話で約束した通りに二回目に会いました。ハーバーランドのブラジルレストランでご馳走になって、わざわざ買ってくれた扇風機もその日にプレゼントしてくれました。日本に来て初めてそのような方と出会って、本当に感動していました。その日、色々お話をして、お婆ちゃんのことをもっと詳しくわかりました。その時お婆ちゃんは69歳で、若いときに園芸のデザインとか花に関係する仕事をして、一生懸命頑張っていて、かつてエジプトでも会社があったとのことです。その時、仕事を辞めた後でも兵庫県園芸・公園協会の理事を担当していたそうです。毎年二回ヨーロッパへ旅行するよと聞いたら、「え~?本当ですか?それでは、ご家族と一緒に行くのでしょうか?」と思わず聞きました。お答えを聞いたら、びっくりしました。お婆ちゃんはずっと独身だったので、子供がいないとのことです。そのかわりに友達と教え子がたくさんいるので、素晴らしい人生を楽しんでいるようです。「良かったら、他の留学生と一緒にお母さんと呼んでくれてもいいですよ、一生懸命頑張る子が好きだから、一番小さい娘になってくれませんか?」とお婆ちゃんが言ってくれました。その日から、「お母さん」と呼んできました。

     その後、大体月二回ぐらい会って、カンボジアやフィリピンの留学生を紹介してくれて、色々美味しい食べ物をご馳走してくれて、悩みとか困ることをご相談に乗って、いいアイデアとアドバイスをしてくれました。「こんな優しい素敵な方と出会うなんて、私は本当にラッキーですね」と思っていました。時間がたつにつれて、段々頼りになって、楽しいことも悲しいことも、一番教えたいのはお母さんでした。大学院生の試験に合格したとき、一番最初の報告電話はお母さんにかけました。ずっと色々お世話になりまして、恩返しとして、一生懸命頑張って、この運命の出会いを大切にしていこうと思っていました。

     しかし、幸せな日々が9月29日までしか続かなかった。その日、台風が来そうだったので、寮に閉じこもって勉強していた時に、お母さんから電話がかかってきました。いつものように嬉しい声ではなかった。青天の霹靂のようなお知らせを教えてくれました:ガン、肺がんになったことでした。そのとき、耳に入った言葉を全然信じられなくて、それとも、信じたくなかった。でも、それは変わらぬ事実でした。それに、ガン細胞は動脈にくっついているので、手術もできないため、唯一の方法は、抗癌剤の注射と放射線の治療を受けて、ガン細胞の拡散を食い止めるしかなかった。

     知らず知らずのうちに、涙をいっぱい流し、どうしてこんなことになるの?今どうしたらいいの?電話を切った後でも、頭が真っ白で、呆然とするばかりでした。

     それから、10月19日から、約三ヶ月神戸大学病院に入院することになりました。車椅子に乗ってもらって、一緒に一階まで放射線に行ったり、毎日ベッドに横になって、足が弱くなってしまったため、マーサージしてあげたり、手を握って一緒に廊下で歩く練習したりして、その間、620号室に、よく私の姿が現れました。看護婦さんやお母さんの友達や親族に私のことを紹介するときに、お母さんはいつも笑いながら、「彼女は私の娘ですよ」と誇りに感じている顔で嬉しそうに言ったのでした。

     その間、お母さんの心強さと楽観的な性格をしみじみ感じていました。ガンの痛みで話もできない時もあったし、抗癌剤の副作用で何も食べられなくて、吐き気に苦しんで、すっかり痩せてしまいました。若者でも我慢できないのに、69歳のお母さんは落ち込まずにガンとの戦いを見事に見せました。そういう姿を見たら、本当に感心しました。

     その間の記憶を一つ一つ思い出して、今の私にとって本当につらいことです。一生懸命頑張っていたのに、いくら強い人間でも、ガンにはやはり負けてしまって、2005年2月18日夜、お母さんが永眠してしまいました。これは私にとって、生まれてから一番強いショックでした。3月3日のお誕生日を一緒に楽しく過ごしましょうと約束したのに、4月7日の入学式を一緒に参加しましょうと約束したのに、秀ちゃんが立派な女性になるまで、ずっとそばに励ましてあげるよと約束したのに・・・

     いくら呼んでも、いくら涙を流してもお母さんは戻らずにあの世へ行ってしまいました。そのときから、長い間私は笑顔が消えてしまって、すごく落ち込んでいました。お母さんがなくなる前に、25年前始めてエジプトへ行ったときに買ったゴールドのお守りの指輪をプレゼントしてくれました。約束通りにそれをはめて入学式に参加しました。お母さんがずっとそばで守ってくれていると信じて、これから一生懸命頑張っていこうとそのとき、心の中で誓いました。

     今年の6月4日、午後3時頃、また湊川神社へ行きました。一緒に座っていた所で、かつてお母さんが使っていたアドレスに携帯でメールを送りました。

    「お母さんへ

     もう返事がもらえないとわかっていますが、天国にいるお母さんに届くと信じて、やはりこのメールを送ることにしました。今湊川神社にいますよ、今日は何の日かご存知でしょうか?多分お母さんはもう忘れたかもしれませんが、去年の今日、去年の今、去年のこの場所、お母さんと初めて出会ったのです。

     あれからちょうど一年が経ちました。お母さんとの出会いは秀にとって、本当に運命の出会いで、ずっと神様に感謝しています。しかし、一緒に過ごした時間がそんなに短くて、恩返しするチャンスもなくなりました・・・

     一つ一つの思い出は全部心に刻まれて、大切に大切にしていますから、いくら時間が経っても忘れられません!だから、今は本当につらいですよ、頭の中に全部お母さんのことで、さっきから涙がずっと止まらなくて、悔しいか悲しいか、お母さんと話したいことがいっぱいいっぱいあるのに・・・本当につらい~

     今学校の勉強はすごく難しくて、もう我慢できないほどストレスが溜まってきました。困るときにすぐ人に助けてもらうタイプではないから、自分の弱みをお母さんにしか見せたくないのに、お母さんからパワーをもらいたいのに・・・なぜせっかく出会ったのに長く続けられないの?どうしてお母さんのような素敵な方がそんな早くあの世に行ってしまったの?・・・

     もう何を言ってもしようがないから、今秀ができることはただ一生懸命頑張って、強くなるように、お母さんのような素晴らしい人生を実現させるように生きていくことほかないです。お母さんはずっとそばで見守ってくれると信じていますから、いくら困難があっても、いくら辛くても頑張っていきます!

     お母さんはあの世でいつもお元気で、幸せに過ごすようにお祈りしています。

                    永遠の娘―秀より  」

     

    Comentarios (4)

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    都都escribió:
    秀、この間ここでコメントを書いた時、あんまり議事の内容をよく読んでいなかった。先日もう一度読んだら、本当に感動されて涙が出ました。秀の気持ちもよく伝わってた。昨日友達と一緒に再度議事を読んだところ、友達(男)も涙が出ました。やっぱり感動的な作ですね。ついでに、こんなきれいな日本語で作文できることもすごく羨ましいよ。
    6 Mar
    都都escribió:
    いや!関係があります!YahooのメールアドレスでもMSNに登録できるよ。知らなかった?私のMSNをいれてくれたんだよね。確認できないけど。涙~!
    24 Feb
    雁過留痕escribió:
    ようこそ!来てくれてありがとうね! ちょっとお姉ちゃん、yahooはMSNとは関係がないじゃないですか?star1999moon@hotmail.com  ←my address! ^-^
     
    23 Feb
    都都escribió:
    秀,我在我老板的MSN上看到你的MSN的网址,但是查了好长时间你的MSN,都没有查到.我的MSN是cissyblue1980@yahoo.com.cn.你把我给加上去啊.以后要记得联系.看了你写的这些东西,感动的要流泪了.能遇到这样一个人真的是上天给你的恩赐.有过就已满足,和时间长短没有关系.
    23 Feb

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